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  • 2019.07.29 Monday
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一年経って回復鮮明な妻


 昨年のゴールデンウィーク屋内外でこけケガをしてから、身体のフラつきもありプチ不自由(我が家用語)に陥っていた
 ここんところ回復鮮明で、

・一人で入浴
 同、寝起きのトイレ
・洗濯物干し
・工程の長い料理
・トイレットペーパー交換
・コーヒーを淹れる
・ドライヤーのコンセントをさして抜く
・ゴミまとめ
・床掃除

 等々、取組み、苦労しながらも結果的に問題なくこなしてくれています。

 幸か不幸か、仕事を抱えた私に「可哀想だから全部やってあげる」余裕がなく(少なくとも長期的には)、むろんメイドがいるわけでもなく、その必要性から彼女は家庭で具体的に手を動かす世界へと帰還を果たしてくれました。クラッシュで引退する替わりに。

 一年経ってこうなる・・との予測はなく、ただ一日一日を生き抜いたらある時ストンと視界が晴れた。そんな印象です。

 見えない、知らなくていいシナリオあり。素直に二人で進みました。
 これからも同様なのでしょう。

 タクシー乗務の仕事に私がいくらか慣れてきた事もあり、昨年よりは楽で穏やかな月日になるだろう・・
 漠然とイメージしていますが ^^

 未知を受け容れ、手をつなぎ、今この瞬間を生きてゆく。
 ゴールデンウィークから始まった黄金の日々。 単純な事を学んだ一年でした。

5月の多摩川

【妻のブログエントリー】
可塑性。 (2016/4/11)
「またできるようになります」 (2016/4/6)

 

エネルギーの出所


 今、史上最大のパワフルな自分でいます。
 
 平日の起床は1:30am。
 夕食の席につきお酒を口にするまで、何事かをやり続けている。
 仕事・家事・妻の介助。いくらかの創作活動
 頑張っているというより何かの流れに乗っている感じ。
 to Doメニューとそれに必要なエネルギーを毎瞬同時に受け取っている。
 なので、燃え尽き症候群とは無縁。「頑張って」はいないから。

 とひとつになれた感じが根底にあります。
 1+1=無限大
 Simpleな宇宙の公式、つまり魔法が日常のそこらここらに満ちてる。

 入籍、その後の遠回りの中再び彼女を東京の我が家へ(入院先から)お招きする。といった経過がなければ、まったく違う、切り離されて非力な自分がいたんだろうなあ。
 それは有り得なかったことなんだけど。

 ここらあたりは、今回の転生の肝として予めしっかり決まっていたfeelingがしかとあります。
 越えないと面白くない峠として。
 峠の先に広がる光景。すなわち今見ているもの。

 利用ガイダンス付きエネルギーの出所は運命。
 夫婦がひとつになる。
 単純ちゃあ単純ですよね。

 この平坦な一本道を、まだ魂の故郷にいる頃敷きました。
 そのことを一旦忘れた私と妻が無為にして歩んできた。
 後からなら分かります。
 場面場面ではとても複雑な道、しかも悪路で難路に感じられたのですが。

 今はただ元気。パワフル。
 自我(エゴ)は随分縮小退行した印象。なくなってはいないとしても。

 あくまでこの瞬間。
 利用ガイダンス付きエネルギーを受け取り使う。
 夫婦二人、楽しく過ごす。あれこれ(難事が)あるようでいて乗り切ってゆく。

 私も妻も今、自分が開いた状態です。
 表面意識たる自我には当座逆に見えても、すべてが大いなる善に満ちたもの。

 Made by私達ではありますが運命に感謝☆
 どんどん更新されてゆくこの手元エネルギーが根拠です。

栃の花

【妻のブログエントリー】
介助するダーリン。(2016/2/16)
 

恩寵に満ちた暮らし


 午前4時、妻を起こす。私のパソコンタイムはそこで終わり。以降は二人の朝をまわしてゆく事に専念。
 彼女のトイレ・着替えをサポート。そして先ず軽食(フルーツ・チーズ)とアイスコーヒーを用意する。目の前のテレビにはYou Tubeの可愛い猫動画が流れるようにして、萌えをトリガーにお目覚めを促す。
 5時過ぎから食事に入り、片付け、夕食用の炊飯器セット。合間をぬってスーツに着替え、妻とマンションの半屋上へ。
 ここでよくお喋りをするかな。スピリチュアルな事+日々の具体的な事。眼下にはちょっとした森が広がっており、緑が目にしみます。
 そして5:45、自分&妻のLunch用に握ったオニギリの前者を持ち私は仕事へ出発。お互いの無事を祈り合う。夕方笑顔で再会できますようにと。

 3月末に退院した妻。
 身体の機能回復が進んで、もっと家事をやっていただくイメージだったかな。二人とも。
 実際には幾分逆に進んで、私は夜勤を諦める事に。(それでちゃんと稼げるか心配だったのですが、杞憂に終っています。)

 現在は、彼女の状態が安定していることに合わせ精神医薬の処方が減り、副作用である身体のふらつきetcも「薄皮を剥ぐように(最近のキーワード)」改善中。
 家事のシェアを増やしたい彼女の望みもstep by stepでといったところ。
 例えば洗濯物の取り込みをして貰えるだけで、(帰宅後その仕事が残っていないので)私としては劇的に助かります。

 夕方、職場から戻り、買物・炊事・洗濯・食事。一緒に入浴。彼女の髪を洗う。
 2時起きの身にはちょっと遅めなのですが、19時半頃二人で床につきます。

 彼女がまだ故郷で入院中〜私の再就職以前は実に怠惰、エネルギーが枯渇したような暮らしを一人していたのですが、今は真逆。
 成す事に囲まれながら、川下りのように一日一日を進んでいっています。
「不思議と生活が回っているねえ」が二人の合言葉。

 妻はその存在によって、私を必要なだけ動ける者にしてくれています。
 春先以前の暮らしがあるだけに、その対比で分かる。【エネルギーの魔法】がはたらいていると。

 5月頭に妻は、屋外の転倒で外傷を負い・屋内の転倒でムチ打ち(共に全治一ヶ月余)になりました。
 どうなるんだろうと思っていたのですが、現在があります。
 二人楽しく暮らせている。お互い精神の【変容】を体験しながら。
 静かな、自分によりつながった自分に自然変わってゆくダイナミズムを感じながら。

 一見「なんてこったい!」という出来事が続いたのですが、深い意味で人生は完璧。
 恩寵の毎日だと感じています。


【関連】※妻のブログ
氷班、お願いね。(2015/7/29)
退院の日以来の、カラオケ。(2015/7/25)

no flower no life
 

それぞれ順応の春


 お薬が効いて心が軌道をはずれることはなくなった退院後の妻は、今「身体が思った通り動いてくれない」「生活のあれやこれやが不自由」という新たな現実に向かい合っています。
 寝起きトイレに辿り着く、その前に二本足で立つことがひと苦労だったり、着替えに膨大な時間を要したり、包丁で野菜を切る際指先にうまく力が込められなかったり。寝床に入るという一見単純な動作が自分でよく分からなくなってしまったり。

「もどかしいでしょ」
「うん」

 何の不自由もなかった時代と比べてしまうのが人情。思わず腐ってしまうのも。

 それでも、心がけて散歩に出る。ついでに簡単な買物を済ませる。
 機能回復の道を進んでおられると感じます。

 一方私は、アラフィフの再就職。
 各所に出向き職業訓練を受ける・ペーパー&実技テストの壁をいくつか突破するetcの直近一ヶ月でした。

 夫婦それぞれに順応の春。

 私が家を空けるようになったので、連携プレイを工夫しながら衣食住をまわしていくこともまたチャレンジ。
「困難」と思わなければ何とかなってゆくものです。

 昨秋、降圧剤など必要な薬を呑まないで家を飛び出すことが続き「我が妻は死んでしまうつもりなのか」と思っていた時期と比べると、ご縁があって自分がアッサリ再就職できるとは予想もしていなかった段階と比較すると、お正月明け入院先の保護室で妻と面会した際の様子と比べると、確かに困難でも何でもありません。
「“問題事”もハイヤーセルフに任せきれば上手くゆく。何の心配も要らない」です。

 人生を信頼する気持ちが劇的に深まりました。
 するとよろずサラっと次の局面へ進める。この世体験を一つ重ねただけ‥と知る。

 順応のこの春自体が思い出になるのでしょう。

 夫婦力を合わせる現在のリアリティーを大切にしてゆきます。

乙女椿
 

人生を信頼


 妻の退院日が、無事終わりました。
 お薬と紹介状を貰い、ケースワーカーさん・看護師さん・病室のお仲間らに別れを告げ、新幹線で二人東京へ。
 車窓の新緑(春の芽吹き)が印象的。

 何回も階段を経由する東京駅での乗り換えが、妻にはタフだったようです。
 統合失調症のお薬には基本フラつく副作用があり、処方量が多かった期間は病院内のわずかの移動にも苦労していた彼女だから。
 東京への移動に車椅子が要らなかっただけでも、(そのめぐりあわせ・タイミングに対し)天へ感謝する気持ちです。

 妻がまず外の世界に求めるもの、餃子とカラオケを地元の駅前に戻ってエンジョイ。
 三ヶ月半ぶりの自由を彼女がどう感じているのか、想像をふくらませながら。

 夜半、彼女が順調に寝息を立てていることに安心。至福。
 昨夏、内科要因含む複合的な異変(脳内出血につながる高血圧・不眠)が始まるまで、フワついていたパートナー(私)には理解できなかった確かな幸福の足場。
「今日、二人が存在できていること」

 一緒に人生を楽しむ機会を、医学の力により再び与えられた私達です。
 本日の課題は、退院処方のお薬を「寝起き」「朝」「昼」「夕食前」「夕」「就寝前」の六つに分類し、買い求めたタッパーにそれぞれ詰めること。
 昨秋、脳外科を退院した折の同様の作業は私一人が担当し、飲んでいただくにも苦労しましたが、今はコツコツ当り前のことに取り組む彼女のパーソナリティーが甦っており、随分違った展開となりそうです。
 そう、まるで春が戻ってきたように。
 スズランスイセン・ときわ万作・レンギョウ・シャガ・こぶし。一緒に昨年名前を憶えた花達とともに。

 遠回りをしながら、自分達がシンプルに当り前になっていってる印象。
 内側深い部分から来るエクスタシーをともなって。

 完全なシナリオの存在を感じます。
 忠実に辿っている私達なのでしょう。
 無軌道に見えながら。ドキドキしながら。

 人生を信頼。
 創り手である魂を信頼。
 寝起きの時間帯、わが胸に宿ったエネルギーです。「一瞬先は何もわからない」という特典付きで☆

no flower no life
 


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