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  • 2016.05.05 Thursday
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退院の日取りが見えてきました〜今ココを生きられる予感


 彼女の主治医と昨日お話する機会があり、経過は順調なので(検査をひと通り済ませた)来週の末退院となる見込みである旨、晴れてうかがうことができました。
 以降は、通院・服薬でできるだけ再発を防いでゆく形。
 現在私は無職なので、勤めに出ることになる日まで生活と通院のサポートをフルにさせて貰います。

 再び彼女を我が家へ迎えられるなんて夢のよう。
 精神の垢が飛んで、今はとてもシンプルです。
「愛する人がいるなんて何たる幸せ」と。

 このスタートのため、運命は発作が起きる前日まで1ヶ月間の別れをプレゼントしてくれたようです。
 幸せを感じるのに相手の振舞いなど条件は要らない。そう気づく事ができたから。
 たとえもう一生会えないとしても。
 ・・と腑に落ち私が元気を取り戻した同日に、彼女が東京行きの新幹線に(直感と発症直前の身で)飛び乗り、再会・緊急入院を経てまもなく入籍。
 スピリチュアルの世界でいう「今ココに自分のすべてを開く」を自然と実践できそうです。
 愛する人のいる事がWelcomeだから。
 彼女と今を生きようと思います。
 そこには失敗も成功もなく、成否もなく、正否もなく、あるのは世界全体を包む一つの喜び。日常の様々な楽しみが生まれ、どんどんリニューアルされてゆく。
 今ココにある力は永遠だから。
 これまで散々気が散って生きてきましたが、お陰様でアクセスです。
 

彼女が醸し出す幸せ感と、『反転』について


 お盆以降、「後で欝にならなければいいけど」と心配するほど激しくエネルギーを出していた彼女(現フィアンセ)。
 共振動して私も、思いやりや愛から離れた言動をしてしまいました。

 故郷から劇的に(度胸満点で)彼女が帰還し「生涯共に過ごそう」と誓い合い、twitterのアカウントを久々に相互フォロー。私が「おかえり」「ただいま」と言って彼女が素晴らしく微笑んだところで発作が起き、救急車で集中治療室へ。
 脳内出血は幸い、翌日から病棟で日常生活復帰のためのリハビリを始められる軽いもので、今は完全看護下におられます。
 リハビリにご一緒させていただいた感じでは、認知機能・運動機能とも大丈夫かな。脳が大ショックを癒すにつれ(血もゆっくり吸収されて)元気になってゆかれるでしょう。
 で、全体のムードがどうかというと、激しさから反転し(欝にもならず)、二人で長い旅を楽しんだ時のように幸せを醸し出し静かに微笑んでおられます。
 十代の頃から(副作用や乱暴な医師の言動もあって)ネガティブな思いがなくならなかった医療に対しても、病院側が提供してくださる全てのサービスを素直に受け容れ、「精妙な世界ね」「みなさんいい感じで働いてられるね」とコメントされています。
 彼女の中で反転が起きたようです。
 ネガティブな思いをかかえランダムに激しさが出る状態から、緊張せず世界を歓迎〜迎え入れるフラットな状態へ。
 その反転に【一緒に鳴る二つの鈴】のような関係の私も同伴させていただき、合わせて感じるのは、「人生にこういう奇跡が起こるのだな」という事。
「一生会えない、息吹も感じられないかも」から、故郷の皆様に祝福され入籍・結婚へのハッピー反転と合わせてです。

 人生は、思い描いたように直線ではいきませんヨネ。
 むしろ反対に振り子が振れ怖ろしい光景を見、「もう限界」と思ったところでポーン!と場面が転換し素晴らしい幸せと向かい合う。

『反転』という言葉及び観方は、知り合った頃彼女から教わりました。色々な反転を実感されてこられたとのこと。
 ご一緒させていただいて、確かにそういう魔法が存在するノダと実感しています。

 幸せと反対へ振り子が振れている間、苦しみが精神を深くし憑き物を落とす。
 そして一気に光明へと進むところがメチャ面白い。
 そう思います。

 意識の進化というプログラムを自ら組んで、今回の転生を始めたのでしょう。
 一直線に幸福へ進むストーリーじゃ面白くもなんともないから。
 そして記憶を封印し、ネタバレなしで人生を冒険。

 彼女の表情を見ながら悟った(なんとなく思い出した)部分です。
 

有条件の愛から無条件の愛へ


 弱っている相手を助け感謝される。
 愛している相手なら、無限に力が出ますね。

 その相手が、(メンタル系の持病の状態が悪くなって)自分を強く罵り出す。精一杯やらせていただいてきた事を否定するかに言われてしまう。(と感じる)
 それでも何ら関係なく心を込めいつも通りの事をさせていただく・・にはちょっと意識の進化プロセスが必要。
 少なくとも私にとっては。

 応酬して「私が悪い・相手は間違っている」式の言葉のやり取りとなる、別れる・別れないの話となる、本当に一旦バキーンと別れてもしまう。
 相手の振舞いや笑顔など目に見えるものが愛する根拠であったからなのだと思います。
 そこが裏返れば私もつられて裏返ってしまう。
 これがつまり、有条件の愛。
 後からなら分かります。
 渦中では無意識。眠ってる状態なのかなあ。

 眠りを覚ますのはやはり苦しみですね。
 彼女が遠い故郷へ去ってしまい、お姉さんからは「二度と妹に近づくな」と言われ、メール・手紙のレスポンスもなく、もう一生会えないどころかその息吹すら感じられないかもしれない・・という状況。
 私が身を守ろうとした一面もあります。「別れないともう生きていけない」という今から思うと幻に左右され、態度に出しました。一度は生涯共に過ごすことを約束したのに。それを踏まえてのお姉さんの「二度と妹に近づくな」です。
 分かる。分かり過ぎる。
 前向きに勇気持って進んだはずなのに、全然元気が出ない私がいました。
 食も細る。生まれて初めてパニック発作も体験。
「有条件の愛だった」と気づくところまでいきました。
 物事を上手くやれてるのと真反対の状況にいくと、人は自然に(消去法)で自分の内側を見る。苦しい分、かつてなかった深さで。

 すると、素質としては従来のスタンスと異なった愛を持ってる自分に気づきました。何がどうあろうと、一生会えなくても、変わらない愛を。愛する人がいることそれ自体が幸せな、彼女含むなん人も何事も壊せない愛を。
 ならば、一旦別れるに至った、「身を守る」という幻をいだいた私は眠っていたことになります。グッスリと。
 それはそうですよね。愛はその本質として無条件だから。有条件の愛なんて幻。

 単に幻を幻と気づくことが覚醒なのだと思います。
 私のプチ覚醒が終わったところでインターホンが鳴り、突然彼女が再登場しました。
「※※と結婚する人生だったらいいナ」と一人言霊を発していたわが家へ。
 

しまむらで落涙


 彼女の入院に必要なパジャマ・下着類を買いに行く。
 商品選択の基準を、昨日救急車で運ばれ集中治療病室にいる彼女からヒアリング‥という前提ではない中、「あそこにお店がある」程度に知っていた人生初の『しまむら』へ。
 エスカレータ−を登っている際、「そうか、困っている際は甘えればいいんだ」と気づき、レジにおられた中年女性へ事情を伝え遠まわしにコンシェルジュをお願いする。
 迷うまでもなく動き出されたMyコンシェルジュは、私を順に各売場へ案内。

 彼女の大体のウエイト・身長・これまで着てきたもの(一緒に暮らしていた際の洗濯体験等に基づく)etcを伝えると、該当しそうな商品をポンポンと大まかに範囲指定下さいます。
 彼女はピンク好きであるため、リハビリへ進んでゆくムードをイメージし薄ピンクを中心に商品セレクト。
「私も母が入院しているんですけど、意外と病院って暑いんですよね」というコンシェルジュのコメントも参考になりました。
 そして一緒にレジへ。
 病室ですぐ着れるようパッケージ資材等余分なものをすべて取り除き、パジャマならパジャマとそれぞれ小袋に入れ全体を雨に濡れないよう持たせていただきました。

 愛を中心に生きておられる中年女性氏には当然の、一連の対応&動きだったのでしょう。
 ただ当方は、会計中から目が潤みはじめ、お礼を伝え店外のエスカレターまできたところで落涙してしまいました。
 そのまま最寄駅構内を抜け病院へ着くまで、大柄男性の私が泣きながら歩いていました。
 オカシイとは思いません。
 むしろ、日頃マヒしている部分がちょっと再生したように感じています。
 人は(「男性は」かな、僕だけかな)、物事がまあまあ頭で考えたように進みコントロールできている間は傲慢になるというか、自分のモノサシの範囲内でグルグルしているというか、つまりシンプルに愛中心ではないですね。

 自然に反応されたMyコンシェルジュに、一昨日の彼女の発作以来(1ヶ月前一旦彼女と別れてしまいもう一生会えないかの情勢に陥って以来)新境地というかアウト・オブ・モノサシの私は、大きな(基本となる)事を教えられました。

 涙とセットで記憶してゆきます。
 

集中治療病室でのプロポーズ


 我が家へ舞い戻った彼女と「生涯共に過ごそう」と約束を交わした森の散歩の後、二人で昼食を摂っているとき、発作が起きる。
救急車を呼び、病院の集中治療室へ。彼女は、「おそらくこのまま日常生活へ戻れる(出血した血が吸収されてしまう)」脳内出血でした。
 私に「生涯妹へ近づくな!」とおっしゃられた事もある故郷のお姉さんへ、架電報告。まだ法律上は知人でしかない私をキーマンに、病状の説明・治療を進めるよう、病院へ電話を入れ申し入れていただく事ができました。
 合わせて、「婚姻届」保証人欄への署名も快諾を頂戴する。

 で、肝心の彼女への意志表示。
 プロポーズ。
 ニッコリ☆OKをいただく事ができました。
 場所は、集中治療病室。(同・治療室と異なりリハビリメインの場所。)
 居合わせたスタッフの方々から祝福をいただきました。

「もう一生会えないのかな‥」というところから想いの持ち方(「愛する人のいる」事が状況の如何に関わらず幸せ)を見出してからわずか二日。
 自分の身にこういうダイナミックなことが起きるなんで吃驚です。
 見出した想いもスペシャル新しかったですが、そこから自然発生する(=モノの世界へ投影される)現実もまたスペシャル新しいです。
 

わが人生に、彼女が劇的再登場


「一生会えなくてもやり取りが叶わなくても、『愛する人がいる』それ自体が幸せ。
 この幸せはどんな出来事も誰にも壊せない。」

 重要な気づき、及び気づきに沿った想念転換が起きた日の深夜、遠方にいる筈の彼女が我が家に現れ劇的にパートナーシップが復活しました。

 この世の様々な楽しさに共振動できる、【一緒に鳴る二つの鈴】のような関係だっただけに、負の感情や短気さ・強気さがぶつかる場合もいと激しく、「自分は正しい・相手は間違ってる」の文脈で応酬し合った結果、かけがえのない愛がバキっと壊れてしまいました。

「あのブドウは酸っぱい」式に別れた相手を否定して(心理学用語で言う「防衛機制」の「合理化」)先へ進めれば楽だったのですが、それはとても無理があり、自分を騙すことになる。
 自身の内側を眺めながら見つけていった答えが、「一生会えなくてもやり取りが叶わなくても、『愛する人がいる』それ自体が幸せ。この幸せはどんな出来事も誰にも壊せない。」

 咎める必要のない諸々を咎めてしまった。
 深い意味で彼女は完全無欠の人だった。(もちろん自分も。全人類例外なく、皆皆)
 大きな認識転換が根底にあります。

 すると気持ちが明るくなってきて、お別れした日以来久々にウキウキしていると、夜中インターフォンが鳴ってそこに彼女の姿が写っていました。

「世界は純粋に自分の意識の投影(鏡)であり、自分が変われば世界は変わる。登場する人も全て新しいバージョンに変わる。」
と言いますね。
 その実例をまざまざと見ました。

 彼女は何やら見違えって、スッキリ綺麗に変わっていましたから。
 オーラも変わって、別人。

 新しい世界に住む新しいバージョンの二人が、新たに関わってゆくこととなりそうです。
 


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